『はなれ瞽女おりん』
解説:『はなれ瞽女おりん』(はなれごぜおりん)はは水上勉が1975年に発表した小説、およびそれを原作とした映画である。
盲目の旅芸人・おりんと脱走兵として警察や憲兵隊に追われる男・平太郎との秘めた愛の道行きを美しい自然を背景に描く。監督は「桜の森の満開の下」の篠田正浩。
あらすじ:大正7年、春。盲目の旅芸人(瞽女)おりんはある日、一人の大男・平太郎と出会った。翌日から、二人は旅をともにする。おりんが飲み屋の客相手に芸を披露しているあいだ、男は客に酒を注ぎ、投げ銭を拾い集めたりした。が、ある時、土地のヤクザに呼び出された男がおりんのもとへ戻ってみると……。
日本アカデミー賞は、ちょうど私がひとりで映画館に通うようになった1978年(昭和53年)から始まった。私もワクワクしながら授賞式の様子をテレビで見ていました。
その第一回日本アカデミー賞、『幸せの黄色いハンカチ』が主要部門を独占。
作品賞をはじめ、監督&脚本賞(山田洋次)、主演男優賞(高倉健)、助演男優賞(武田鉄矢)、助演女優賞(桃井かおり)が最優秀賞に輝いた。
最優秀主演女優部門で、高倉健さんの妻を演じた倍賞千恵子さんもノミネートされていましてね、倍賞さんが最優秀を授賞すれば、まさにパーフェクトやったんですが、それを阻止して見事に最優秀主演女優賞に輝いたのが、『はなれ瞽女おりん』の岩下志麻さんだった。
【用語】
瞽女(ごぜ)・・・盲目の三味線を弾き歌う旅芸人。手引きと呼ばれる目の見える者を含め、数人単位で行動する。戦前頃まで新潟や東北に存在した。まだラジオや電話などがなかった時代に、田舎庶民の情報源であり、娯楽でもあった。
はなれ瞽女・・・決まりを破り、一門を破門にされ、一人で行動する瞽女。決まりとは、具体的には、男と寝るなど。
この作品、まず最初の舞台が福井県らしいんですが、とにかく寒い地方のお話でね。
私は盲目の旅芸人である瞽女さんの存在自体に驚いた。
旅先で夜這いの男に処女を奪われ、26才ではなれ瞽女になったおりんは、鶴川という大男と出会う。
鶴川は、おりんが出会った男の中で、唯一、おりんの体を求めない男だった。
鶴川はおりんを妹のように扱い、共に旅をする。
人として本当の愛を知り、幸福感に満たされるおりん。
この作品は、ふたりの回想を織り交ぜ、ふたりのつかず離れずという旅の様子を描いている。
とても哀れな悲劇を描いた作品なんやけど、それは盲目の女性がひとりで生きていく事の過酷さばかりではないんですよね・・・。
私はこの作品を見ていて、”何が悲しいんやろ?”と、感じようとしてみて感じた事は、おりんと鶴川はどうして惹かれあったのか?という部分なんですね。
人間ね、貧困というか、最底辺の経験レベルが同じような人って、共鳴する何かがあるんですよね・・・。
温もりを感じる事ができなくなった時点で、人間はどうしようもなく絶望してしまう・・・。
とても無垢で強い人が歩き疲れるというこの作品の結末を見ていると、人って弱いから支え合うんやなぁ・・・なんて感じてしまう。
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おりん(岩下志麻)は、3才の時から瞽女としての修行を積み、仲間たちと旅をしていた。
26の時に、夜這いの男(西田敏行)に犯された事から、はなれ瞽女になってしまう。
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ある夜、宿で一緒になった鶴川(原田芳雄)という大柄な男は、おりんの体を求めず、ただおりんの生い立ちに耳を傾けている。
そんな男に初めて出会ったおりんは驚く。
鶴川は、おりんに自分を兄と呼ばせ、一緒に旅をしようとおりんを誘う。
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盲目であるおりんのセックス観は少し変わっている。
生きていく為に必要な行為でもあり、目の見えない自分が唯一、人の温もりを肌で感じる行為でもある。
寒い地方の空き寺などで夜を過ごしてきたおりんは、とにかく人の温もりに飢えている。
だから最初に夜這いで処女を奪われたときも、「早くそうされたかった」と。
そんなおりんは、世話になっている鶴川に何度も「抱いておくれ」と懇願するんですが、鶴川は決しておりんを抱こうとしない。
同じように子供の時から旅をしてきた鶴川は、おりんの生き様に自分を重ね、ただただ、おりんを大切にしたいと思う男なんですよね・・・。
私は鶴川という男のおりんを想う気持ち、痛いほどわかる。
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鶴川は、脱走兵として、犯罪者として追われる男だった。
おりんに迷惑がかからないように、時にはおりんと別行動を選ぶ鶴川。
鶴川を演じた原田芳雄という人、男の色気の塊みたいな人やね。
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この作品の岩下志麻さんは、いつも通り凄いんですよ。
この人って、言葉のトーンが独特で、良い意味でストーリーから浮き上がってしまう。
凄く重くて暗いお話なのに、この人の斜め上から発せられるような強烈な方言と、盲目ならではの無表情さからは、女性としての強さを猛烈に感じる。
だからこそ・・・
この作品の最後でおりんが選んだ道に、儚さと美学を感じる事ができる。
また、監督の篠田正浩さんは、妻である岩下志麻さんを凄く綺麗に撮っています。
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第一回、日本アカデミー賞でのショットですね。
回想シーンとの交錯で、複雑に思える『はなれ瞽女おりん』という作品は、説明が少ないので面白みには欠けるかもしれない。
綺麗な風景描写も含めて、芸術作品の趣が強い作品ですが、古い時代背景に反映された“幸福感”だとか、“純愛”に心を揺さぶられる。
そういうのは理屈じゃないんやと。触れ合って感じるものやと・・・。